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本クラブの創立は、40年前の1968年(昭和43年)4月10日、小学生対象の硬式野球クラブの創設に遡る。横浜市旭区希望が丘周辺を基盤に、5年間で約300名近い小学生の球児を預かり硬式野球の指導にあたる。そういった状況の中、少年(学童)野球を終え中学で硬式野球を試みたい選手が多数あり、中学生硬式野球クラブの設立を熱望される。このような要請に応えるべく、1973年(昭和48年)10月10日、念願の中学生硬式野球クラブを設立。設立と同時に小学生のクラブに所属した選手は当時の旭リトルリーグに委託し、ここに中学生を対象とした硬式野球クラブが誕生。
1975年(昭和50年)8月に常設グランドの必要性のもと、米海軍横須賀基地勤務のマコービック氏に嘆願、氏のお力添えもあり、ついに現米海軍戸塚通信隊(横浜市泉区深谷)内に初めての専用球場を設置。当時は、米海軍厚木飛行場の米国人選手も毎年5、6名程所属しており、国際的な環境でクラブ運営をすることが可能となり、この時点で早くも中学野球の国際化への萌芽が芽生え、以後、国際化の認識を深める。クラブ名を旭シニアリーグ野球協会とし、日本リトルシニアリーグ野球協会に在籍の19年間、この旭シニアリーグ野球協会の名で何度も全国で活躍(現旭シニアと本クラブは無関係です)。
その後、野球界は刻々と国際化され、国内外問わず対外的に交流する時代へと変革していく。本クラブはその時代の要請を実践する意思表示をしたが、当時の日本リトルリシニアリーグ野球協会は、独自の対外交流を望まないとの方針を示す。やむなく、19年間所属活躍した日本リトルシニアリーグ野球協会を退会。
そして、理想のクラブ方針・運営を追及するべく、他の中学生の硬式野球団体であるボーイズリーグ、ポニーリーグに所属。
しかしながら、いずれのリーグも、当時は選手を中心に時代に合った事業運営を推進する姿勢に乏しく、残念ながら他リーグとの交流は禁止。本クラブの理想である他リーグとの交流を積極的に進め友達を多く作り国際的感覚も身に付ける選手を育成する方針にはほど遠く、東奔西走して中学生硬式野球の真髄はどのリーグであるかを探索。その結果、現在の全日本少年硬式野球連盟『ヤングリーグ』に到達。
このヤングリーグは、選手中心の事業運営を基本方針としており、本クラブの理念である、国際化(海外遠征など選手に大きな夢を与える)、選手中心(他リーグとの野球交流により野球技術の向上を果たす)、人間形成(地域社会との交流・選手同士の交流を通じて人間形成を行う)を満たすリーグに、遂に巡り合う。ここに、クラブ名を現在の『横浜旭ベースボールクラブ』に変更。
これ以後、国際化・選手中心・人間形成という本クラブの理念に沿った活動を実現しつつ、文武両道を旨として、中学硬式野球のトップを目指し、全国レベルの強いチーム作りを目指す。